「主の善き力に、不思議にも守られて、私たちは、来るべきものを安らかに待ち受けます。神は、朝に、夕に、私たちと共にいるでしょう。そして、私たちが迎える新しい日々にも、神は必ず、私たちと共にいるでしょう。」

この詩は、ディートリッヒ・ボンヘッファーが、1944年の暮れ、獄中で新しい年を迎えるにあたって書き残した祈りです。その数か月後、彼は1945年4月、処刑されてこの世を去りました。獄中にありながらも、彼の心には「善き力」に包まれているという静かな確信がありました。
彼はこうも記しています。「神は力によってではなく、弱さと苦しみのうちにこの世におられる。そして、ただ苦しむ神こそが、私たちを助けることができる。」
ヨナが船底に沈み、さらに海の底にまで沈んでいったその場所にも、「苦しむ神」が共におられました。私たちがどん底にある時、そこにも神はおられます。救いの光は、上からではなく、むしろその最も低き所から、静かに輝き始めるのです。(柴田良行牧師)2025年10月12日週報